まーちゃんがくどぅーにバスの中で話した「ブロッコリーの話し」をくどぅーが書いている。しかもまーちゃんは自分の更新の中で、“ブロッコリーの話しをくどぅーにしたけどそれを知りたければくどぅーのブログを読め”とわれわれに前振りしている。
その結果、「かつてどこかで、まーちゃんの学校の先生がブロッコリーを鳩の脳みそだと思ったという実体験」→「(おそらく学校で)先生がまーちゃんたちにそれを話す」→「移動のバスの中でまーちゃんがくどぅーにそれを話す」→「ブログでまーちゃんが、自分ではそれを書かないから(ファンは)くどぅーに聞けと言う(書く)」→「ブログでどぅーがわれわれファンにその話をし(書き)、さらには更新タイトルを『脳みそ!?鳩!?』にする」という、『千一夜物語』か谷崎潤一郎の小説を思わせるきわめて重層的な語りの空間が、子供(まーちゃんとどぅー)の戯れによって現出している。
いちばん痺れたのは、われわれがそれ(先生がブロッコリーを鳩の脳みそと思った話)を目にするブログという不思議な空間が、半ばは二人のいる移動のバスの中でもあるということ(「今は移動中/バスなんですけど」)。そしてわれわれはその先にまーちゃんの学校の教室のようすや、先生が見たという頭に切傷のある鳩の首を前後に動かす動きをも、たしかに見たように思うのである。